21世紀の奴隷たちに学ぶ悟りへの道

【Database】

 

シンハラ・ナショナリズムは・・スリランカはシンハラ人のものであり、真のシンハラ人は仏教徒であるという主張である。・・シンハラ人は仏教を守るべく選ばれた民族であるとも信じられている・・・「アーリヤ人」であることを理由とする人種的優越意識がこの選民思想に加わっているとも言われる。シンハラ語という印欧語族の言語を話すシンハラ人は「純粋で優越したアーリヤ人」であるとされるのである・・このイデオロギーの形成に深くかかわったのがイギリスによる植民地支配であった。(p.57)

人類学者ラージャシンハム=ヤーナーナーヤカは、そもそも多様な差異のあつまりとしてのジャーティヤ(民族やカーストなどの概念)が、植民地支配以降、「人種」をモデルとした相互排他的なカテゴリカルな意味を帯びてきたと指摘している。(p.26)

『スリランカを知るための58章』

 

 

【Discussion】

 

[再考] スマナサーラ長老、本当に「アメリカ人はバカ」なの?

 

2014年4月21日。二泊三日の短い出張旅行からモラトゥワに戻りバスを降りると、いつものようにCOINTELPRO perpsが何人も待伏せていた。コロンボ駅で一度トイレに行こうとしたが諦め、それからずっとトイレを我慢していたので、perpsがこちらを24時間ストーキングし、「私がトイレを我慢している」のをノゾキ見て知っているということを仄めかすために、わざわざ私が通りすがるまでスーパーKEELS付近で待ち(ここは集団ストーカーがいつも犯行に及ぶ場所である)、私がやってきたことを確認すると、まだ若い男のperpが仲間のperpに目配せし実に嬉しそうな顔でドブの側に立ち小便を始めた。

 

この小便小僧perpをの背中にとび蹴りを喰らわせたらさぞ焦るだろうなあ、などと想像しながら、こんな変態犯罪者のことは無視して、上り坂になっている裏道を数十m行くと今度はTUK TUKに乗り込んで待伏せているperps集団がいた。運転手とつるみ、こちらが近づくタイミングにあわせ突然ライトを点け、走りださせるという、世界の集団ストーカー犯罪者に共通の手口を行なっていた。集団でストーカーする変態行為をやることで己が「誰かより上」になった妄想に浸るというメンタル・マスターベーションを楽しむその姿も、アメリカでギャング・ストーキングをやって喜んでいる現代のアメリカ人大衆や、その猿真似をして喜んでいる日本人にそっくりだった。なにより滑稽なのは、これらスリランカ人、アメリカ人そして日本人の集団ストーカーらは内心で、お互いの国民を見下し、「オラたちこそ世界一優越した選民なのら」という妄想、つまりパパンチャを抱いているところだ。こういうのを日本語で「目くそ 鼻くそを笑う」と言うのではなかったろうか。とにかくこれぞまさに「民族・人種」という妄想(パパンチャ)を使った集団マインドコントロールの最たる例だ。

 

ところでスマ長老はその著書で「アメリカ人はバカですから」とのたまい、またスリランカ政府の役人や政治家にも犯罪大国のアメリカ人を忌み嫌い、危険視したり蔑んで見ている者も多い。しかしスリランカの大衆がその「バカな」アメリカ人の考案したバカで変態の極地としかいいようのない集団ストーカー(COINTELPRO)犯罪に喜んで参加しているのである。己の利益しか考えず、同じ国の無辜の民がどんな迫害をくわえられ精神を破壊され、生活を破壊されていようが、自分の地位や金もうけ、権力集めのほうが大事と考えている。そんな私利私欲につけこまれて簡単に洗脳あるいはマインドコントロールされ集団ストーカーに協力しているわけだ。陰湿な嫌がらせで罪のない市民の生活や精神を破壊し「自殺させること」が集団ストーカー犯罪の目的のひとつであるが、実際、近年スリランカの自殺者は増加傾向にあり社会問題化し始めているという。

 

「自分さえよければ他人はどうなってもいい」「むしろ他人の不幸や苦しみを見るのは楽しい」という考えにはカースト意識が働いている面もあるだろうが、そもそもスリランカのカースト制が排他性と差別心を強化することになったのはアングロサクソン民族が同地を侵略・支配した時からであり、他ならぬDivide & Conquerを使った策略によるものだ。シンハラ人やタミル人が民族や階級を越え一致団結してイギリス人に反抗するすることが決してできないよう、マインドコントロールし、人と人の間に鋭い楔を打ち込んだのだ。因果応報-それは「バカ」と言う言葉もまたおのれに返ってくることも意味するのは以前、既に書いた。スマ長老の言うように「アメリカ人」はただのバカで、「スリランカ人」はいつも賢いのだと、己の自我に都合の良い単純なイメージ(つまりパパンチャ)に安住してよいのだろうか?私もただ批判するだけでなく、何か建設的な意見具申をさせていただけるなら、僭越ながら申上げて、スマ長老も、この世紀をまたぐ歴史的な大犯罪である集団ストーカー(COINTELPRO)犯罪を「しない、させない、トボケない」ことが実行できれば、同師やその弟子のなかの真面目な者が所望している「悟り」に大きく1歩近づけることだろう。これには何も複雑なことは必要ない。仏の説いた在家五戒のうち「生命を害さない」「(他者のプライバシー情報など)与えられていないものを盗らない」そして「(“集団ストーカーなど存在しない”等の)噓をつかない」を守れば自然に集団ストーカー(COINTELPRO)犯罪を「しない、させない、トボケない」は実行できる。

 

とはいえ確かに、集団ストーカー犯罪を毎日観察していると、同犯罪をやったり、やらせたりした因果応報でこれから己も不幸になり、死ねば地獄で延々のた打ち回るだけの、ほんとうに「バカ」としか言いようの無い者がこの世には多いことは事実だろう。しかし、同じ事は一九四五年からアメリカ人による大衆まいんどこんとろーるを受け続けた日本人にも言える。経済格差が目に見えて広がり世代間で固定化されつつあるのが「楔を打ち込まれた」状態と言える。(ちなみに、これはCOINTELPRO犯罪者集団が実質的に支配しているといわれる現代における、世界的な傾向だという指摘もある。)

 

なにより戦後、宗教的なものはすべて悪であるかのように洗脳されつづけ、仏教の真髄「忘己利他」の精神すらも排斥されつつある。世界の有色人種のなかで最後まで白人の侵略者たちを手こずらせた日本人の強さの秘密は国民一人一人が、利己主義を捨て一丸となって危機に対処した民度の高さにあった。それを、3歩あるいたら過去はすべて忘れるというニワトリのように忘れ、権力者を筆頭に、己の地位財産を守ることしか頭になく、他人のために自己犠牲を払うなどとんでもないと思っている亡者であふれているのが戦後の日本ではないか。そのほうが白人たちが、日本人を経済奴隷として搾取しやすいし、間違っても日本人が一致団結して反抗しえないよう精神的な楔を打ち込んでおいたほうが支配しやすくて都合が良いからであるとも知らずに・・・。もう500年も前に白人たちの奴隷にされたスリランカ人がその愚かさを身をもって教えてくれているにもかかわらず、集団ストーカー犯罪を肯定する日本人はまるで「500年前のスリランカ人」と化する道をまっしぐらに進んでいるようである。しかも核兵器に気象兵器とアメリカ人が秘密兵器で次々に、万単位の日本人同胞を抹殺してもなお、ご主人様の白人たちを崇拝さえしている奴隷根性が抜けない者も特に中高年に多い。マインドコントロールもここまでくると、ほとんどビョーキだ。

 

要は戦後の「日本」ではこんな私利私欲しか考えられない人格の貧しいオッサン、オバ犯だけを公的なポストに就け、日本人だけでなくアジア人全体の利益になることまで考えられる人材などは徹底的に潰させることで白人支配者はDivide&Conquerを実践していることを彼らは教示してくれているということだ。そして「国家」などというのが人類の妄想(パパンチャ)の最たるものであることも教えてくれている。

 

さてバカは成功者からさえ学ばないが、賢者は失敗者からさえ学ぶという。だから、スマ長老の言うこの「バカたち」からどうしたらバカになるのを防げるか学ぶのが賢者というものではないだろうか。それにはまず現在世界に蔓延する諸悪の根源、集団ストーカー犯罪を「しない・させない・トボケない」ことを個人的に実行できるかが試金石になるだろう。裏から言えば集団ストーカー犯罪を「やり・やらせ・トボケる」者は、どれほど先進国と呼ばれ、あるいはどんな高い地位にある者だろうと、とんでもない「バカ」ということだ。

 

つまり、国籍やそのステレオタイプなどにとらわれることなく、ナニ人であれ一人一人がしっかりとして、いち人間としての倫理を醸成・維持していかなくてはならない時代に入っているのだ。この意味では、むしろ徹底した個人主義に鍛えられてきたアメリカ人に分があるだろう。日本では『反省しないアメリカ人とつきあう方法』という本が売れたそうだが、実際、アメリカ人でも柔軟な思考のできる若者や、一般に男性より思いやりが豊かな女性のなかに、「ちゃんと反省できる」謙虚で賢明な人も現れている。彼らは大衆マインドコントロールの存在に気づき、集団ストーカー(COINTELPRO)に操られることの危険性を十分認識し、これに抵抗を試みるにはどうすればよいのか真摯に学ぼうとしている。またDNAから見てもアメリカ人は「新規探索傾向」が強い人が多い。この特性が、アメリカ人をして、地球的規模の人権侵害という、まさに人類未曾有の危機に立ち向かう尖兵たらしめる可能性も否定できないだろう。一方スリランカ人の集団ストーカー犯罪者は、まるで人権概念のないアメリカ人やその奴隷の日本人、あるいはシナ人の集団ストーカー犯罪者が、被害者を同じ人間とは看做さず本気で抹殺しようとしてくるのに対し、「いちおう」敬虔な仏教国スリランカのストーカー犯罪者たちはまだ多少の人間性が残っており、被害者の私に対してもどこか手心を加えているのが見て取れる。だからもし急に「民族」という概念をきれいさっぱり捨て去ることができないのなら、とりあえずその「民族的特性」といわれているもののなかから心と身をCOINTELPRO/MK ULTRAから守るのに使えそうなものだけを使えばいいのではないだろうか。

Advertisements

Leave a Reply

Fill in your details below or click an icon to log in:

WordPress.com Logo

You are commenting using your WordPress.com account. Log Out / Change )

Twitter picture

You are commenting using your Twitter account. Log Out / Change )

Facebook photo

You are commenting using your Facebook account. Log Out / Change )

Google+ photo

You are commenting using your Google+ account. Log Out / Change )

Connecting to %s